語りたい事もあったような気もするが、なにやら無常感におそわれて、もういいや。
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「機動生命体」
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七本脚のプロジェリアは倒した。そういえば、これが私の殺した初めてのプロジェリアになったな、とぼんやり思った。
さて。
私は振り返る。少年は胸に手を置いて苦しんではいるものの、すでに損傷回復が始まっており、命に別状はないように見える。
「なんで私はお前を助けてしまったんだろうね」
この少年が敵ではないという保証はどこにもない。さっきまで、敵意むき出しの視線を私にぶつけていたのだ。
「まあ、でも、別にいいかな」
私には生きる理由も、戦う理由も特にない。そう作られて、そう命令されたからやっているだけだ。
人類に恩を感じるか? 感じない。開発者に恩を感じるか? 感じない。さらにいえば、もう一体の機動生命体、アリサに対しても、仲間意識を感じたことはない。別に生きようが、活動停止しようが、私にとってはすべて同じこと。どうでもいいのだ。
「別に、私の事を殺したかったら、殺せばいいよ」
その言葉が少年に届いているかどうかは分からない。
そして少年はこう応える。
「ありがとう」
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「ありがとう、だって?」
疑念はすでに消えていた。偶然は何度も続かない。やはり、この少年は言葉を理解している。おそらく、かなり早い段階から言葉は理解していたはずだ。隠しておきたい理由が何かあったのだろう。
そして、隠すのをやめたという事は、言葉が分かる事を隠すよりも、私とのコミュニケーションの方に価値を見出したという事だ。少年は、私から何かを得ようとしている。
「言葉はどうやっておぼえた?」
「あなたから学習した」
こともなげに少年は応える。
私は脳髄がしびれるような感覚におそわれていた。少年の発する言葉には、主語と助詞と動詞がある。文章になっている。
はじめて、少年と言葉をかわしたという事実に、言いようのない高揚感を私は覚えていた。なぜここまで心が昂ぶるのか、自分でも説明ができない。
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私は思わず反論していた。
「今まで私が口にしたのは数語だけ。私の発音を開いていて、言葉が話せるようになるとはとても思えない」
「いや、音を聞いていたわけじゃない」
やはりそうだ。言葉そのものには大した情報量はないはずなのに、言葉を交わせば交わすほど、私の価値観は大きく変わっていく。
私は今、生態も、文化も、思考パターンも、なにもかも違う異質な存在とコミュニケーションをしている。
「私は、……適切な表現を思いつかないのだが、あなたたちがまだ観測していない未知の素粒子を使い、あなたの思考パターンを分析した」
「頭の中をX線みたいなもので覗いたってわけ? そんなもので私の思考を簡単に理解できるわけがないでしょうが」
「少しニュアンスが違う。頭の中をすかしているというよりは、思考時に発生する粒子帯を分析した、という方が近い」
「つまり、私の考えている事が全部つつぬけだってわけ?」
「いや、もう観測していない。思考の分析は計算量が大きく、体に負荷がかかる。会話で意図疎通ができるなら、私としては言葉を発した方が楽だ」
「とりあえず、紛らわしいから一人称を変えて」
「どう変えればいい?」
「……“僕”でお願い」