「むつ」という悪夢

宮内悠介の「盤上の夜」を読む。
本作は第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞した表題作に加え、ボードゲームを主題に据えた連作短編集となっている。
題材のゲームは囲碁、将棋とメジャーなものから、麻雀や、将棋の原型となった古代インドのチャトランガや、西洋囲碁の異名を持つチェッカーなど、様々多岐に及んでいる。

特にこの中でしびれたのはチェッカーを題材にした、「人間の王」。実在したチェッカーのチャンピオンをモデルにしたノンフィクション小説となっている。

少し前にある人にこんな事をたずねられた。
『SFは文学たり得るのか?』
私はこう答えた。
『成立します。なぜなら現代にはテクノロジーにあふれており、人のライフスタイルや価値観にも重要な影響を及ぼしています。人の心がテクノロジーでどう変わっていくのかという問いは正に文学だと思うのです』
この考えはいまでも変わらない。

そして私が思うところの文学であるSFとはまさに「人間の王」だと思うのだ。

以下本文引用。


わたしはずっとこのティンズリーという人物について思いを巡らしていた。
半世紀近くも負け知らずで過ごすというのは、どういう気分なのだろうか。
どのような鍛錬がそれを可能にしたのか。
それだけの労力をかけて長年守りつづけたものを、コンピュータを相手に失うというのは、いったい、どんな体験として受け止めればいいのだろうか。
さらには完全解が発見され、ゲームそのものに終止符を打たれてしまう。だがチェッカーは彼にとって、人生そのものであったはずだ。彼は、その後をどう生きたのか?……
すべてが究極の問いである。
ティンズリーとは、まさに、究極の問いに生涯を捧げた人物なのだった。
とりわけ、わたしが知りたいと思ったのは、ティンズリーの余生の部分だった。完全解という形でチェッカーを葬られてから、彼は何をもって生き甲斐としたのだろうか。あくまで、チェッカーに固執したのだろうか。それとも、何か別の生きかたを見出したのか。 いや、語弊を承知で言ってしまおう。
わたしはこう思ったのだ。
この話の裏にいま隠されているもの――それは、わたしたち皆にとっての問いなのだと。


googleのAlphaGoが囲碁でプロ棋士を打ち破ったことは記憶に新しい。AIがプロ棋士を打ち倒したところで囲碁の面白さや価値がなくなるわけではもちろんない。しかしAIが人間を打ち破る瞬間は今後あらゆる分野で起こりうる話だ。その瞬間が目の前で起きたとき我々は一個人としてそれをどう受け止めるのか。まさにそれは「究極の問い」である。

「人間の王」意外にも面白い話はたくさんあるのだが、やはりこのこの話が一番興味深い。


盤上の夜を読んで自分もなんだかノンフィクション小説を書きたいなぁと思い始める。
ノンフィクション小説で重要なのは題材選びである。マイナーであまりしられてはいないが、示唆に富んだ話が望ましい、と思う。
マイナーというわけではないが、最近とある事故が人々から忘れ去られ、風化されつつあるように感じるのだ。
原子力船「むつ」放射線漏洩事件だ。

最初にことわっておくが、私自信も「むつ」に対してさほど知識を持ち合わせているわけではない。ただ、故郷青森で起きた事故という事で多少ならずは興味があった、というだけの話だ。
しかし、これが調べれば調べるほど日本の原子力事業の闇がボロボロでてきて、これは小説の題材にするには重すぎると思ってしまう。

一例をあげよう。
むつが太平洋沖で放射線漏洩事故を起こしたのは、まあ周知の事実だと言っていいだろう。しかし、その原子炉が三菱原子力工業の埼玉県大宮の研究所で製造された事を知っている人間はどれほどいるだろうか。しかもこの原子炉は住民に断り無く設置され、試験運転で臨界に達している。市民からは訴訟を起こされている。原子炉はむつに搭載されるものだったので、研究所からはほどなくして撤去され、住民と三菱原子力工業は和解にいたる。

しかし、1999年におどろくべき事件が起こる。

大宮原子炉跡地放射性廃棄物汚染(wikipedia)

当時の科学調査技術庁の調査で大量の放射性廃棄物が保管されていることが発覚。

放射性廃棄物はドラム缶3万缶以上と保管量は国内施設で最多となっており、保有量も国内全体の52%に及んでいる。
(上記wikipediaより引用)

この放射性廃棄物は核燃料を作る過程で発生した副産物的な物だといわれている。

若干背筋が寒くなる。というのはこの件の場所(現三菱マテリアル研究所)、結構家の近くなのだ。もっといえば、さいたま新都心駅近くで最近リニューアルしたショッピングセンター、コクーンシティのすぐとなりである。

原子力船むつが引き起こした放射線漏洩の線量は微々たる物で、放射線の残留もなかったという。
いっぽう大宮の放射性器物は、新都心と名付けられた駅のそばでまだ眠っている……

という事を小説に書くのも難しいような気がしている。そうでなくても日本の原子力については非常に難しい状況にあるわけで……
うーん……

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